コンビニ弁当の値下げ販売

先日、セブンイレブン・ジャパンが、フランチャイズ加盟店の「弁当、総菜の見切り販売・値下げ販売を不当に制限した」ということで、公正取引委員会から排除措置命令を出されたというニュースがあった。
セブンイレブンとしては、コンビニ=定価販売というポリシーを貫くため、フランチャイズ店に対して次回契約更新をしないことを示唆するなどして不当に圧力をかけた、ということだ。

コンビニ弁当はフランチャイズ加盟店の買い切りであり、その原価は全て加盟店が負担するしくみになっている。もちろん本部への返品はきかないので廃棄することになる。
それだったら値引きしてでも売ればいいし、どうせ捨てるなら安くしても売った方が、セブンイレブン全体としての売上も上がることになるから、お互いにとって得なんじゃないか?
普通に考えるとそうだ。
しかし、ずいぶん前のブログに書いたけど、セブンイレブンの売上は、加盟店の売上の合計ではない。セブンイレブンの売上は加盟店からのロイヤリティ収入。これがこの矛盾した状況を説明するカギになる。

(例)販売価格500円、原価300円の弁当があり、加盟店は本部に利益の50%をロイヤリティとして支払うケース。ここで加盟店は10個仕入れて、7個売れた。3個は廃棄した。

まず加盟店が本部に払うロイヤリティは・・・
(500×7-300×7)×50%=1400円×50%=700円
次に加盟店の利益は・・・
(500×7-300×10)=500円
ここからロイヤリティを取られるので、500円-700円=▲200円
つまり廃棄分の原価は全て加盟店が負担するので、赤字になってしまうのだ。

では廃棄する3個をもし半額の250円で売ったらどうなるか?
まず加盟店が本部に払うロイヤリティは・・・
(500×7+250×3-300×10)×50%=1250円×50%=625円
次に加盟店の利益は・・・
(500×7+250×3-300×10)=1250円
ここからロイヤリティを取られるので、1250円-625円=625円

そう、廃棄する弁当を原価割れで売った場合、加盟店の利益は当然増えるんだけど、逆に本部のロイヤリティ収入は減ってしまう、というのがトリックだ。
つまり本部としては廃棄してもらった方が利益が高くなる、というおかしな状況だった、というわけ。
そうなると本部としては、定価販売のイメージがどうのということではなく、利益に直結する話なのでなんとかしようとするだろうなあ。

そして今日、セブンイレブンが、廃棄する弁当の原価の15%を負担する、という対応策を打ち出した。この15%というのが微妙なところで、例えば上の例をとると、本部が手にするロイヤリティは700円-(300×3×15%)=565円に減少する。 一方加盟店は200円の赤字に「廃棄補助」が加わるので、-200+(300×3×15%)=▲65 まだ赤字だ。
つまりロイヤリティの計算は今までの仕組みのまま、補助金という形で少しだけ補填するという折衷案だ。
計算からもわかるとおり、これでは何の解決策にもならない。

このニュースを見て思い出すのは、そう新聞の「押し紙」。新聞社にとって売上は読者への販売数ではなく、販売店への出荷数というしくみ。ロイヤリティの仕組みは違うが、そのビジネスモデルに矛盾があるという点では共通しているように思う。
コンビニは加盟店の横のつながりが強くなり、ついに反逆した、という状況。新聞販売店はそのような動きになるんだろうか。今のところは補助が手厚いのでそんな話は聞かないのかな。

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日本の新聞のビジネスモデル

米国の経済状況悪化とともに、たくさんの新聞が廃刊に追い込まれているそうだ。デンバー、シカゴ、シアトルと各地の主要紙が廃刊となり、あまりに多いので新聞の報道が追いつかない、という冗談が書かれているくらいだ。
歌川令三氏の「新聞のなくなる日」によると、米国の新聞社の収入の85%は広告収入が占めているとのこと。ニューヨークタイムズは95%にものぼる。新聞が売れなくても広告さえ取れていれば儲かる、ということはないだろうけど(新聞が売れなくては広告媒体としての価値はないし・・・)、新聞の売れ行きよりは広告量に依存していることは確かだ。
しかし、2005年をピークに新聞の広告収入は3分の1減少したようで、バークレイズキャピタルは今後1年間でさらに20%減少するとの予測を出している。それでは新聞の収支は合わないだろう。
彼らは新聞を売っているというよりは広告のスペースを売っている。なら別に新聞でなくてもウェブでもいいわけだ。問題はウェブのニュースにお金を払うかどうか、だなあ。となるとやはりニュースの質がポイントになるのかな。

さて日本の新聞。日経を見ていても今年は明らかに広告収入は落ちているような印象を受ける。日経グループの広告が多いし。幸福の科学の広告も目立つし・・・。
それでもダメージは米国ほどではないかもしれない。
というのは、日本の新聞の収入に広告収入が占める割合は36%にすぎないからだ。
メインは「新聞紙」の売上。もう少し正確に言うと、「読者への販売量ではなく、新聞販売店への販売量」が収入のメインだ。
最近某週刊誌がしつこく特集を組んでいるが、長年タブーとされていた「押し紙」がこれ。
全国の日刊紙の約20%が「押し紙」、つまり読者に届くことなく新聞販売店が買い取って毎日廃棄する新聞だ。別に自分達で食い合う分には関係ないけど、その押し紙を含めた「発行部数」が媒体力を表す指標になるので、そこは問題だろう。
新聞販売店の経営は当然苦しいので、自分達で昼間に新規獲得セールスに行くのと同時に、「拡張団」から新規契約を「買い取る」ということになる。しつこくセールスに来るちょっと怖そうな人たちがそれだ。
こう考えてみると日本の新聞のビジネスモデルは非常に危なっかしい事業だ。けど新聞にはもちろんそんなことは書かないし、日本の新聞社は放送事業もかかわっているので、当然テレビでも報じない。たまに押し紙の問題を週刊誌が取り上げる程度だ。

日本人の若い層は確実に新聞は読まなくなっているし、「新聞紙」を売る事業はどんどん厳しくなるだろう。「ニュース」を売る、もしくは「ニュースを載せる媒体」を売るモデルにいかに移行していくかが生き残りのカギだろう。

新聞といえば、日経の朝刊に業績予想やM&Aの詳しい記事が出て、東証のウェブサイトにその会社のプレスリリースとして「一部で報道されましたが、当社として発表した事実はありません」と掲載されて、その日の15時以降に正式発表するパターン。近年は以前にもまして増えているように思う。試しに朝9時頃、東証の適時開示情報閲覧サービスのページを見てみるといいです。早速その日の日経の記事がらみのリリースが載っているはず。これって明らかに会社が日経新聞に取材させていると思うんだけど、ルール上OKなんだろうか?いやーOKじゃないでしょう。そのうちどこかが取り上げるかな!?

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終業時刻に退社するのはいけないのか?

連合総研がまとめた「生活時間の国際比較-日・米・仏・韓のカップル調査」というレポートを読んだ。まあなんとなく日本が一番会社にいる時間が長くて・・・ぐらいしか想像がつかなかったけど、予想通りの部分と、うーんと唸ってしまう部分とがあった。
まずは残業時間。男性で比較すると1日あたりで日本92分、韓国47分、米国35分、フランス32分。まあそうでしょうそうでしょう。
ちなみに出社時間の平均は日本8:33、韓国8:35、米国8:21、フランス8:28となる。まあこれは似たようなもので、異なるのは退社時刻。日本19:08、韓国19:07、米国17:18、フランス17:33。米・仏は17時まで、という感じなんだろうか。
子供にかかわる時間(遊び、教育など)は、男性は日本が最短で1日44分。最長は米国の121分。これが働く女性だと最長はやはり米国で211分なんだけど、2位は日本で198分になる。最短はフランスの74分。明らかに日・韓は子供の相手=女性が1人でやる。米・仏=夫婦で一緒にやる、という違いかな。これに対しては、配偶者の子どもとのかかわりに満足している割合として、日本の妻→夫が最低ということにも出ているように、特に日本は子供の女性に任せっきりということだ。おまけに日本の男性は家事を全くしない人が非常に多く、働く女性への負担は大きい。保育園の充実を考える前に、まずは男性の協力という意識改革を啓蒙する方が、費用もかからないしてっとり早いんじゃないだろうか。

さて、一方でうーんなるほど、と思ったのは最初に書いた残業時間に関係がある。
このレポートには、出社時刻と始業時刻、終業時刻と退社時刻が分けて書いてある。
まずは出社してから始業までの時間を計算すると、米国が10分、フランスが9分に対し、日本は19分、韓国は23分かかっている。
終業してから退社も同様で、米国が11分、フランスが7分に対し、日本は24分、韓国は28分かかっている。
皆、自分の仕事が終わったらダラダラしないで帰ろうぜー!!と思うんだけど。でもあるサイトで「ビジネスマナーガイド」というのを見ると、こう書いてある。
「退社の際に、絶対にやってはいけないことは、終業時刻以前に帰り支度をはじめることです。終業時刻というのは、仕事を終える時刻のことです。ですから、終業時刻まではきっちり働き、終業時刻が過ぎたら帰り仕度をはじめるというのが本来の姿です。しかしなかには、就業時刻と同時に会社を出てしまう社員もいます。こんな姿が印象良く映るわけがありません。それに、終業時刻ピッタリに仕事が終わるなんてことは、少し不自然ではありませんか?「本当は大分早く終わっていたのに、無駄に時間を潰していたのでは?」こんな意地悪な見方をする人もいないとは限りません。ですから、もしも終業時刻丁度に仕事を終えてし まったとしても、5分以上は自分のデスクにて過ごしましょう。たとえば、明日におこなう仕事の準備をしたり、データを整理したりするのもいいでしょう。」
うーん、明らかに仕事が終わっているのに何となくぐずぐずしている方が、よほどとろい感じがして印象が悪いと思うし、昼間集中して仕事の早い人が帰りもサクッと帰ると、よりいっそうできる感じがすると思うけど。

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デパート

レギュラーで本ブログを読んでいただいている皆さん、大変ご無沙汰をしてしまいました。
ただでさえ今年に入ってから5回しかアップしていなかったのに、間が開いてしまいました・・・
ちょっとまとめて勉強をしなければならないことがあり、先日の試験日まで当初想定した以上の時間を取られてしまったことが原因です。うーん、またコツコツ書いていきます。

さて表題。
4月25日(土)、東京でも人気の高い百貨店に行ってきた。自分の服、家族の服、ワイン・・・と久しぶりに「消費(浪費?)の喜び」を味わったんだけど、それにしてもデパートの様子がおかしい。
1.セール品が多い
やたらと「××%OFF」の表示が目につく。別にセールの時期でもないんだけど、全ての店にセールの表示がある感じ。普段割り引きなんてしないTUMIにも20%OFFの張り紙があった。ただ、聞いてみると「同時に2個買ったら、2個目を20%OFF」とのこと。張り紙にはそんなこと書いていなかったけど、大丈夫か、TUMI!?
2.人が少ない
とにかくすいている。ワインを買いに行った「デパ地下」はそうでもないけど、特に自分の服を買ったメンズのフロアは、休日の午後なのに店員の姿しか見当たらない。
3.買い物をしていない
そうはいっても子供用品売り場やレディースの売り場などにはまあぼちぼち人はいるんだけど、買い物袋を持っている人が少ない。

新聞でも百貨店売上高が減少していることは報じられていたが、まさにそれを体感した感じ。そういえばどれくらい減ったんだっけ?と思い、全国百貨店協会が発表している2009年3月度の全国百貨店売上高速報を見てみた。
全国の売上高総額の前年同月比は-13%。まあ経済状況が状況だけにそんなものだろうか。内訳をみると、まず衣料品が-17%。ユニクロの好調とは正反対で、やはり服は買い控えているんだろう。特に紳士服が-20%。子供服は-11%なのに、世の中のお父さんはつらいなあ・・・
一方で化粧品は-9%。お母さんは、そこだけは譲れない、ということだろう。
一番減少率が高かったのは、家具で-28%。確かに後回しにするかもしれない。逆に一番減少率が低かったのが食品で、中でも菓子。-2%だ。いろいろ削るけど、甘いものでも食べて生活を少しでも豊かに、ということだろうか。
3月の営業日数は前年より約1日少ない(東京都百貨店協会加盟店平均)ので、それだけでも3%くらいのマイナス要因ではある。ただ自分が行った4月末の状況は、客数も減り、単価も下落し、3月よりも厳しい状況にあるように思う。

そして4月30日(木)、御殿場のプレミアム・アウトレットに行く機会があった。
昨日テレビ東京で、プレミアムアウトレットを経営するチェルシー・ジャパンの社長が取り上げれられており、好調さが強調されていたけど、とてもそんな感じではなかった。
まあ平日といえば平日だけど、連休の人も多かったはず・・・なのに、駐車場まですいすいだった。今まで5回以上行っているだろうか、そんなことは初めてだ。場内も人が少ないなーという感覚。なのにレストランやフードコートは異常に込んでいる。そしてここでもやはり、買い物袋を持っている人が少ない。アウトレットと言えばいくつも袋を抱えた人がたくさんいるはずなのに・・・。こちらも厳しいんじゃないだろうか。

さらには今日、ららぽーとに行ってきた。雨が降っていたこともあり、完全屋内のこの施設は今まで見たことがないくらい混雑していた。
しかし、ここでも買い物袋を持っている人が不思議なくらい少ない。目立つのはユニクロの袋くらいなものだ。こちらもほとんどの店でセールの張り紙があったんだけど、効果はないんだろう。その前に寄ったIKEAも全く同じ。駐車場は混んでいるけど、家具を運んでいる人は見かけない。以前はみんなが持っていた有料のIKEA袋も見かけなかった。

近年、百貨店よりもアウトレットや巨大ショッピングモールの好調さが伝えられてきた。
老若男女が揃った家族で出かけて、それぞれの買い物ができて食事ができて・・・というかつての百貨店の役割を、今ではアウトレットやショッピングモールが担うようになってきているのだろう。ただ、今の経済状況のもとでは、これだけ低価格をうたっているアウトレットでも状況は厳しそうだ。そこに行くこと自体がレジャーとして成立しているということだろう。つまり皆で出かけて、ちょろーっと店を見て、本当に必要な消耗品だけ買って、フードコートで食事をして帰る。そのような状況下で、価格以外にどのような仕掛けで来場者にお金を使ってもらうのか?これはなかなかの難問だろう。

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グローバル・マインド(藤井清孝著)を読んで考える

最近スキマ時間を勉強に充てることが多いせいか、まとまった読書をなかなかできないでいる。同時並行で3~4冊くらいじりじり読むことが多い。
かといって新書を買っても、あまりに内容が薄いので15分くらいで読んでしまう。

こういう状態が続くと、禁断症状のように1冊の本を続けて読みたくなる衝動にかられるのだが、昨日がそれだった。書店で手に取ったのがタイトルの本。マッキンゼーの日本創立期に新卒で入り、その後ファーストボストンなどを転々として、SAP、ルイヴィトンの日本法人の社長をやった人物だ。
先週、会社の会議に自分の勤める会社のコンサルティングをやっている大前研一氏が来て、生で初めて話を聞いたのを書店で思い出したのだが、今さら大前本でもないだろうということで、前職の元上司のかつての上司である著者のことを思い出して買ってみた。

1時間ちょっとで読み終わったが、ところどころ面白いなーという点があったのでまとめておこうと。

1.日本人は正解のない問題に弱い
(藤井氏)
日本人は各論に強い。正解らしきものが存在していそうなテーマが与えられると具体的に1つ1つの課題をこなして正解を見つける。しかし明らかな正解がない場合は、自分と違う意見のあげ足とりをする。例えば重箱の隅をつつくような議論で自分だけ知っている細かい裏話の知識をひけらかしたり、鬼の首をとったように物事の例外を見つけたりする。
しかし、全体最適をにらみながら、新しい大きな構想を練ったり、個々の事象の底に流れる大きな構造的な力を見出すのは苦手である・・・・・

自分は昨年まで外資系の会社にいて、今は正反対にコテコテの日本企業にいるのだが、全くこの意見に同感だ。会議などをやると、答えが簡単に見つかる問題はみんな積極的に意見を出す。一方、難しい問題になると、とたんにしーんとなる。そんなときに誰かが何かを言うとあげ足を取られて終るか、逆に何の意見も出ずにその1人の意見で決まってしまう。つまり、簡単な問題に対しては時間をかけ、難しい問題には時間をかけていないのだ。
著者はその原因を、正解を出すことばかり教える教育にあるとしているが、どうだろう。
確かに「答えは1つある」と教えられてきているので、てっとりばやく答えを求めようという傾向はあるだろう。書店に行くと「1分でわかる」とかそんなタイトルの仕事術やノウハウ本がたくさん並んでいるし。
現実のビジネスの世界には正解のない問題ばかりだし、そもそも「問題」が何かすらわからないことが多い。自分で問題を見つけ、自分なりの答えを論理的に出す。違っているようなら修正する。そんな姿勢が必要なのだろう。

2.社長に必要な能力
(藤井氏)
Consistency(一貫性)とPersistency(執念)。軸のぶれないメッセージを繰り返し社員に叩き込む。その執念は事業に対する熱意からくるものだ・・・

これも同感。外国人社長の場合は、近くで見ていると一貫性=会社にとって良いことかどうか、この軸で一貫している人が多いように思う。また執念は、事業に対する熱意もあるが、一種の「ゲーム感覚」もあると思う。ゲームというと日本人には「遊び」というイメージがあるが、英語のgameは「持っている能力を全て発揮する戦い」というニュアンスがある。外国人社長にとって仕事はgame以上のものでも以下のものでもない。

3.特に日本法人の社長に求められること
(藤井氏)
本社への出張や深夜のテレカンなど、体力的にタフであること。そして本社は言葉の問題から自分自身で市場状況の裏を取れないので、膨大な説明責任が求められる。

そう、外資系の日本人社長もそうだけど、グローバル企業のトップマネジメントはみなタフだ。0泊3日のフランス出張で日本に着いたら夜に米国なんてのも見たことがある。そして程度に差こそあれ、日本市場がいかに「特殊か」を本社に説明することに追われている。

4.日本人は「論理的思考力」を勘違いしている
(藤井氏)
日本人が論理的だと思っていることが英語では論理的と思われないことが多い。
例えば成田エクスプレスのアナウンス。
「成田空港には第2ターミナル駅と終点成田空港駅があります。お間違えのないように、自分の航空会社がある駅で降車願います」
これは日本語だと違和感がないが、英語だとジョークにしか聞こえない。自分の航空会社のない駅で降りる人はいない。つまりどの駅にどの航空会社があるかを言わなければアナウンスに全く価値はない。
日本人の論理力は論理の流れの完結性だけを重視し、論理の説得性の視点で見ていない。つまりx+y=zの論理を立てられるかが問題なのではなく、それをもって人を説得し、動かせるからこそ価値があることを理解しなければならない。

これはちょっと笑ってしまった。しかしこれは日本人特有ということではないかもしれない。ロジカル・シンキングを本を読んで身につけるとこういうことになるだろう。一方でビジネススクールで身につけるロジカル・シンキングはあくまで議論の相手を納得させるためのものなので、こういう間違った理解はしないと思う。

以上が主に面白かった点であるが、読み終わって何となく腹に落ちない部分がある。
この本では外資系企業での勤務経験から、日本人の習慣、足りないところなどは非常に鋭いと思う。一方で社長として何を成し遂げたのか、というと今一つ印象に残らない。SAPやルイヴィトンが今どんな状況かを考えてみても、本当に社長として実績を上げたのかどうかはわからないんじゃないだろうか。

これは、コンサルタントから事業会社に転身した人にありがちなケースかもしれない。
つまり実務経験なしに事業会社のマネジメントに入った人は、どうも事業会社では「口ばかりで実行力がない」という評判の人が多いように思う。前職でもそうだし、今の会社でもそうだ。
彼らはビジネス上の問題点を抽出して、その解決案をまとめ、さらにわかりやすく人に伝えることにおいては非常に優れている。これは社長にとって当然求められる能力だが、さらに社長にはそれを執念深く実行することが求められる。この能力がコンサルタント出身のマネジメント層に備わっているかいないかで、事業会社でも成功するかどうかが分かれるのだろう。
もしうまくいかない場合は、彼らは「卒業」と称してキャリアをリセットするのだ。まるで1つのコンサルティングのプロジェクトが終わって、次のクライアントとの仕事に移るように・・・

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格差社会と子供の貧困

日本は総中流社会だと思っている人はいまだに多いと思う。
しかし、データ上では世界の中でも格差が大きい国だ。
もう少し正確に言うと、低所得者の比率が高いということ。
所得が分布の中央値の半分に満たない人の比率は15%で、OECD30カ国の中ではメキシコ、トルコ、米国に次いで3番目。
ということは親の収入に頼る子供も、格差が大きいということになる。これが「子供の貧困」の問題だ。

国立社会保障・人口問題研究所の阿部さんが岩波新書「子供の貧困」や、日経新聞の経済教室で書いていたが、子供が置かれる経済環境は、学力や大人になってからの所得に大きく影響を与えているとのこと。
例えば子供の学力は親の学歴、所得が高いほど高くなっている。親の所得が低いほど、子供は学校が居心地が悪いと感じ、勉強に対する意欲は低い。
子供期の貧困経験が大人になってどのように影響するかは欧米で研究が進んでいて、特に0歳から6歳の乳幼児期の貧困は、成長してからの学歴、雇用、収入、犯罪率などに大きな影響を与えているそうだ。

相対的貧困率が高い一因として、若い時は給与が低く、40歳くらいから急上昇する、という賃金体系はあるだろう。合計すると平均は一緒でも、若い層は極端に所得が低いので。
それを差し引いても、政府の取り組みは不足している。

例えばイギリスは1999年にブレア前首相が2020年までに子供の貧困を僕滅すると宣言し、手当の拡充や税制面での優遇などの手が打たれている。
一方で日本はというと、子供の問題=少子化という感じだ。子供の貧困の問題がある以上、仮に数を増やしても社会は豊かにならないように思う。
1972年に発足した児童手当は、当初は養育費の半分をカバーする設計だったそうだが、今では何の足しにもならない額だ。
教育費も、先進諸国に比べるとかけられている額が低い。国からの給付も学校に対するものがメインで、子供に直接払われてはいない。
政府は子供の貧困対策として、広く薄くばらまくのではなく、問題を抱える低所得者層に手厚く金をかける必要があると思う。格差があること自体が問題なのではなく、低い層がたくさんいることが問題なはずだからだ。

1つ、阿部さんの調査で面白いものがある。「最低限の生活水準」とはどのレベルかという意識を、海外と日本で比較したものだ。
これによると、日本人が考える「最低限の生活水準」は欧米と比較すると非常に低いレベルとのこと。つまり生きるのに必要な食べ物や衣服があるのならば、それは貧困ではないという意識が強い。英国では84%の市民が「希望するすべての子供に与えられるべき」と答えた「おもちゃ」は、日本で与えられるべきと答えた市民はなんと12%。子ども用の本は英国が89%、日本が51%。
これはなかなか根が深い問題だ。海外と比較すると子供の貧困は問題なのだが、当の日本人は貧困だと思っていないのだ。むしろ子供にはぜいたくはさせべきでない、という意識の方が良しとされているように思う。

先日、日本の学生が中国や韓国の学生よりも勉強時間が短く、逆に勉強がきついと思っているとのデータが発表されていた。これらはゆとり教育の弊害とされていて、最近は逆に学校の勉強時間も増やす傾向にあるようだが、子供の貧困の問題が関連しているとすると学校のカリキュラムを厳しくしても学力はそれほど向上しないだろうし、大人になって貧困に苦しむことには変わりないのかもしれない。
阿部さんも述べているとおり、「子供の数を増やす」のではなく、「幸せな子供の数を増やす」ことをまずは目標にするべきだろう。

どうして子供の話題かというと、先週2人目の子供が生まれたから。
今までは夫婦+1という感覚だったのが、何となく「家族」という感じになり、こういう話題にも敏感になっているのかもしれないなあ・・・。

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餃子の王将

最近、テレビ東京のカンブリア宮殿で餃子の王将が取り上げられていた。この不況の中、直営店全店で黒字を達成しているらしい。

12月末までの四半期決算をみると、売上高が407億円で前年比+9%、営業利益が47億円で+15%、純利益が26億円で+20%だ。
例えば同じ定食チェーンの大戸屋は、売上高が132億円で前年比+2%だが、営業利益は2億円で-51%、純利益は3千万円で-87%だ。これをみても好業績が際立っている。

1.収益性が高いのはなぜか?
上に書いたとおり、大戸屋と比べると収益性が高い。
番組中では国産豚肉、国産キャベツを使い、毎朝工場から店舗に皮と具が届けられ、店舗で包んで焼く、というように味にこだわっていることが強調されていたが、そうはいっても使う材料の品目数は少ないし、そんなに高い食材でもない。P/Lを見ると原価率は31%。大戸屋の38%と比較しても安価だ。
そして販管費の対売上高比率も大戸屋の61%に対し、王将は57%。ローコストのオペレーションが徹底されているのだろう。そういえばそんなに場所代が高そうな駅には王将はないかな。渋谷は別だけど。
そしてもう1つ、価格ではないだろうか。そう、意外に高いという意味で。
周囲の人に王将の話をふってみると「安い」という人が多かったんだけど、王将の客平均単価はこの1月の実績が860円。意外にも金を使っている。餃子定食だって700円以上するし。大戸屋は明記していないが、情報をあわせると700円台。
昨年は餃子も値上げしているし、マクドナルドで話題になった価格の地域格差だって王将では依然から存在する。餃子1人前(6個)は東日本は231円で西日本は210円だ。

2.なぜ前年比プラスを続けられるのか?
王将は既存店売上高は1年以上プラスを続けている。直営店にいたっては65か月以上だ。王将はチェーン店でありながらマニュアルというものがなく、メニューや価格などは店長にかなりの裁量権がある。彼らを指導するエリアマネージャーもいて、彼らがまた店長にはっぱをかけている。
だが、1つ大きいポイントはインセンティブの存在だろう。各店舗では前年同月の売り上げをベースにして売上目標が設定され、それを超えた分の30%が各店舗に渡され、店舗の従業員全員で分け合うというインセンティブがある。これが前年比をずっと越えようとするパワーの正体だろう。

3.王将のライバルはどの業態か?
やはりこの目で見てみなくては、ということで今夜食べに行ってみた。
渋谷店に行ってみたのだが、20時ころ、10人以上の行列ができていた。やはり好調のようだ。客は男女もばらばら。年齢もばらばら。たくさん食べそうな学生、若いサラリーマンもいれば、若い男女のグループ、女性どうし、飲み中心のおじさんグループ、若いファミリーと、いった具合で、実にバラエティに富んでいた。
先ほど「同じ定食チェーン」と書いたが、全然違う。ライバルは大戸屋であり、吉野家であり、和民であり、街の中華食堂であり・・・
肝心の味はというと、あれこんなもんか、という感じ。ごはんはべちゃっとしているし、餃子も皮はうすくて具の味が濃いーし。並んでいる人が「たまに食べたくなるんだよな」と言っていたが、若いころ食べた味だから、ということか。
王将というと、そんなにCMを見たことはないが定期的にテレビでいろいろな形で取り上げられる。カンブリア宮殿もそうだけど、ユニークな経営についてもちょくちょく出て、王将のウェブサイトではそれがまとめられている。宣伝というよりはパブリシティを上手に使って、「懐かしい味、おいしい味」というイメージをインプットすることに成功しているのかもしれない。
自分自身は若いころ王将に行ったという思い出もないので食べてもピンとこなかったし、餃子とごはんとスープとキムチで740円は別に安くもないし。餃子は12個でボリュームたっぷりではあったけど、自分には多すぎだったな。
まあそれはさておき、経営としては非常にユニークは外食店だと思う。

ところでどうして自分は若いころ王将に行くことがなかったのか?
答えは簡単。地元に王将がなかったから。(笑)
王将は今でも北海道、青森には1軒もないのだ。
というのも先に書いたとおり、王将の餃子は皮と具を工場で作り、夜に配送して全店舗に朝につくようにしている。現在工場があるのは京都、千葉、福岡。なので千葉から青森、北海道までは生の具材を配送することができないので、進出できないとのこと。
私の地元、北海道に店を出したら絶対流行りそうなのになあ・・・

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日本経済は他のどの先進国よりも急速に縮小している

今日の麻生首相の演説の中に、「日本は他国と比較して金融危機による傷みは小さいので、バブルを乗り切った実績のある日本が、現在の経済危機を乗り切れないわけがない」という趣旨の発言をしていた。まあ今日が2008年10月だったらその通りかもしれない。がその後11月、12月、1月に日本に何が起きているのか、首相は知らないのかもしれない。

以前にも書いたことがあるが、日本のことを一番鋭く、正確に分析しているメディアは、英国のEconomist誌だと思う。1月24日号の記事「Early in, Early out」の見出しが、今日のブログのタイトルだ。つまり「金融危機の嵐に直撃されなかった日本経済が、今ほかの先進国よりも急速に縮小している」という内容だ。内容はこんな感じ。

11月の輸出は前月比27%ダウン、12月にはさらに悪化して35%ダウン。イメージは対米輸出の悪化だけど、対米は36.9%。一方で対中国も35.5%であるので、対米に限った話ではない。12月には景気の先行指標とされる工作機械受注率が前年比で何と72%ダウンしている。
2002年から長く続いた「成長」を支えた輸出が、自動車と消費者向けハイテク製品に偏っていたこともあり、この2領域の大きなダウンが輸出を直撃している。

そして予想外なのが、日本国民の心理的打撃の強さ。つまり消費者の需要が急速に冷え込んでいる。自動車の国内販売は前年比20%ダウンし、百貨店売上も10%ダウンしている。
もう1つ逆に予想外なのが、日本企業の柔軟性。今までの不況時には決して手をつけなかった余剰人員、生産能力の調整に非常に迅速に手をつけている。その意味での「柔軟性」だ。
戦後の日本が輸出に頼って成長してきた、その成長モデルはこれで崩壊したといえるが、今の日本経済にとって最大の問題は政治の機能不全だろう。
2兆円という相対的に小さな景気刺激策(交付金のこと)の是非について、与野党間、あげくのはてには与党内で議論をしているが、JPモルガンのアナリストいわく今の需要減に対抗する刺激策には4倍の規模の対策が必要だとしている。しかもこの2兆円の大部分は、使われることもなく消費者のポケットに入って終わりである。

政府が大胆な経済対策をうてない背景の1つには、バブル以降に積み重なった債務がある。でも金利は低いので利払いは少ないし、国債のほとんどは日本人が持っているのだから、債務のリスクは小さい。リスクは小さいのだから思い切った景気刺激策を打てるはずなのだが、今の日本の政治はそれを決定できない。

つまり日本以外の国が、必死になって日本のバブル後の経験を避けている時に、日本が粗末な政治のせいで重い足取りで他国の後ろをのろのろついていっているということだ。

とまあ、こんな内容だ。こんな日本を本気で何とかしようという人が政治に乗り込んでいくしか、日本を救う手はないように思う。以前のEconomist誌は、その役割を果たしうるのは「地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合」(せんたく)だ、と述べていたが、そういえば今頃北川さんはどこで何をしているのだろうか・・・。マスコミに取り上げられないと存在も忘れられてしまうので、ぜひ派手に活動してほしい。

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麻生首相の問題設定

新年も明けてはやくも3週間が過ぎてしまいました。
仕事がちょっと忙しくなったこともあり、実に1か月ぶりの更新になります。
またまじめに書きます。はい。

今CNNをつけるとずーっとオバマ。大統領が変わるというのはアメリカ人にとって全てが変わる(かもしれない)特別なイベントなんだろう。
一方、日本。麻生首相のインパクトもすっかり薄れてしまった。
オバマと麻生の一番の違いは「We」と「I」だろう。オバマの演説は、Weで始まる。我々はこうしなければならない、できる、のような感じ。一方の麻生首相は「私は」で始まる。首相になったときの演説も「わたくし麻生太郎は・・・・わたしは・・・」「解散権はわたしにあります・・・」のような感じ。この時点でもう視点が違うのが明らかになってしまっている。

そして意見がぶれるとかいろいろ言われるが、自分が感じる1番の違和感は、「問題設定のずれ」と言ったら良いだろうか。ポイントがずれたところを一生懸命議論している感じだ。
もっとも、麻生首相を突っ込むマスコミ、民主党の問題設定がずれているのが大きな原因かもしれないが、麻生首相もそれに乗ってはだめだろう。

1.ホテルのバーの問題
最近あまり言われなくなったが、毎日帰る前にバーに寄るが、庶民感覚とずれているとかいないとか。これに対してバーはセキュリティを考えると高くないと説明したり、若者と飲みに居酒屋に行ってみたりしているが、問題はそこではない。
首相は日本で一番の「公人」であって、オフはないと思う。酔っているときに一大事が起きたらどうするのだろうか?帰ってからこっそりリラックスするのはわからないからいいが、公人であるべき時間帯に正々堂々と飲みに行く、そのこと自体が問題だと思う。

2.公邸への引っ越しの問題
公邸への引っ越しの時期が遅れて、国会の忙しい期間になってしまったが、夫人と子供の同意が得られなかったことが原因とかで、そんなことも自分で決められないのか?という指摘があったが、これも問題は1番と一緒。夜に部下の家などから海外の要人に緊急の電話をかけることもあったようだが、これも24時間公人であるべき首相には許されないことだろう。国家機密が盗聴されたらどうするのだろうか。その辺のセキュリティ意識がないことこそが問題だ。

3.漢字を読み間違える問題
今日も民主党の議員が、難しい漢字をいくつかパネルに書いて読めるかどうか、みたいな質問をしたようだ。そこを突っ込むよりももっと国際情勢や金融問題に関する知識を問う方がいいだろう。何せ「ゴルゴ13で国際情勢を学んでいる」と公言する首相なのだから、底は浅いだろう。麻生首相も今日は「みぞうう」と一呼吸おいて発言し、議場がどよめいたとのことだが、そこがポイントじゃないのだが・・・。

4.交付金を受け取るかどうかの問題
議員が交付金を受けとるべきか、受け取らないべきかが話題になったが、国民は全く関心はないだろう。そもそも交付金はどうなんだ、という点の議論が十分でないからだ。
「国民はお金をもらえるなら何だって喜ぶはずだ」という前提条件がどうも違うようなんだけどなあ。

5.消費税を増税することを明記するかどうかの問題
最もわからないのがこれだ。消費税を増税するかどうかを「明記するか」を議論しているのだ。2011年の増税を、この「緊急経済対策」を打たなければならない今、なぜ一生懸命明記しようとするのかがわからない。役に立たない、と普段いわれるマクロ経済の教科書にだって、将来増税されることがわかっている状態での経済対策は全く意味を持たない(将来増税されるのに消費などするわけがない)ことは書かれているし、現に以前の地域振興券で同様の失敗をしているにもかかわらず、だ。
彼は誰のために「2011年の増税」を明記しようとしているのか??
あるとすると、2007年に経団連がまとめた「今後10年の長期ビジョン:希望の国、日本」いわゆる「御手洗ビジョン」だ。ここで2011年までに消費税を+2%増税することが提言されており、これを守ろうとしているくらいしか理由は思いつかない。
もっともこの御手洗ビジョンは、消費税を上げる一方で法人税を10%減税するよう提言しており、その他にも経営者に有利な提言ばかりの悪評高い提言だったんだけど、それを守ろうとするのに、まるで政治家生命をかけているようにも見えてしまう。

私の恩師は企業のケースをやるときに「設問」を出さなかった。彼曰く、問題は何かを自分なりに考えるという「問題設定」こそが大切だ、と。これがずれたものだと、その解決策もずれたものになってしまう。
麻生首相を見ていて思うのは、この「問題設定力」の欠如だ。
「首相になること」こそが問題だったから、もうそこで終わっているのかな??

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非正社員の解雇

一昨日の夜、たまたま早く帰るとNHKがついていて、7時台から9時台のニュースに至るまで、ずーーーーーーっと「非正規社員」の雇用問題を扱っていた。異様なぐらいの取り上げ方だ。
メディアによっては「派遣の解雇」という言い方もしている。
呼び方は何にせよ、言っていることは「非正社員だからといって簡単に解雇するのはけしからん。解雇された人は住居も追い出され、住むところがなくなる。」といった内容だ。マスコミでも自動車会社から「解雇」された派遣社員が、住むところを出なければならないといって組合をつくりビラを配っているシーンが何度も出てきているし。
また日本総合地所の内定者が内定取り消しに納得できないとして、会社と話しあったが迷惑料100万円に納得がいかない、というシーンも報じられている。
さて、本当にすべて会社側に問題があるのだろうか?どうもそうとは思えない。
わかりにくいのは、異なる問題が含まれているのに、全て一緒に取り上げているせいだと思う。
1.非正規社員の解雇の問題
今年の1月~3月の日本における非正規社員の比率は労働者の34%を占めている。ここまで増えてきた非正規社員だが、ところで正社員と非正規社員の違いは何か?
ひと昔前は非正規社員がする職種も限られていたが、今はかなり規制が緩和されてきている。やはり大きな違いは、雇用期間に限定があるのか、ないのか、という点だろう。
会社側としてはあらかじめ決められたルールに基づいて通告した解雇であれば、問題はないだろう。あるのは「冷たい」というような感情論だ。
1)「非正規社員は身分が不安定だ」という主張
これは言い換えれば身分が「自由だ」と言うこともできる。正社員は簡単に解雇はされないが、逆に拘束力は強い。景気が良いときにも、より給料の高い会社に気軽に移ることはできないし。
2)「正社員と同じ仕事をしているのに待遇が違うのはおかしい」という主張
これも同じで、雇用期間が違うのに待遇が同じ方がおかしいんじゃないかな。あとはそもそもそれを承知で非正規社員を自分で選択したわけだし。
3)「家を追い出されるのは冷酷だ」という主張
これもちょっと違和感がある。会社は労働に対して賃金を払っているのであり、人生まるごと面倒をみるわけではない。労働を提供するにあたって特殊な事情(自宅から遠いなど)があるなら労働をバックアップするために家が提供されることはあるかもしれないが。
まあ正社員だからといって社宅が提供されないことも当たり前になってきているのに・・・

2.派遣社員の解雇の問題
これは「非正規社員の解雇」よりも違和感がある。彼らの雇用主は派遣会社であり、派遣先の自動車会社ではない。なので「解雇」という言葉を使うとしたら派遣会社を解雇される時であり、今回問題となっているケースは「派遣期間満了前の打ち切り」だ。
これはなおのこと、ルールに基づいているのであれば問題ないと思う。

3.内定取り消し
これは全然違う問題だ。内定は単なる「約束」ではなく、雇用契約、正確にいうと「解約権を留保した雇用契約」だ。なのでそう簡単には取り消せるものではない。この問題を上記の問題と並列で議論するのはちょっと違うんじゃないだろうか。
しかし日本総合地所の内定を取り消された学生が、迷惑料として100万円の提示を受けたのだが、これには留年せざるを得なかったときの学費も含まれる、という会社側の説明に対し、「生活費はどうなっているんだ」と質問したところ、会社が生活費は補償しないという回答があって決裂したらしい。うーん、これも何だかなあ。入社する前から人生丸抱えを期待していたんだなあ。おまけに今後公務員試験を受けるにしても予備校代がかかるからそれも補償すべきだ、とか。もういいかげんにしなさい・・・。

このように、ここのところ報道されている雇用の問題は、きちんと何が問題かを分けて議論しないと、単純に「解雇=会社が悪い=個人がいじめられている」みたいな構図でとらえられているように思う。

昨日のニュースでは、敷金・礼金ゼロで部屋ではなく「部屋の鍵」を貸すので家賃が安いかわりに1日でも支払が遅れると鍵を変えられ反則金を払わなければならない、という賃貸物件の話が報道されていた。支払が遅れ、鍵を変えられて締め出された若者が、知人から家賃を借りるまでの間ネットカフェに滞在せざるを得なかったと憤慨していた。それは約束を破っているだけで、企業姿勢がどうのという問題ではないだろう。

ただし、昨今の経済状況は通常とは異なる「異常事態」だ。こういう時には、「リスクを払っていないからリターンはなくて当然だ」とかいう議論は後でゆっくりするとして、まずは本当に危機にある人は救わなければならないと思う。
それをするのは企業ではなく、政府の仕事。こういう時こそ「セーフティネット」の出番だ。雇用問題が起きた時のためにあるのが・・・・雇用保険じゃないのかな。
なのにメディアでは「雇用保険」の「こ」の字も出ない。どうしてだろう!?!?

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